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“いい気分”でいることは利己的なのか 

こんにちは!
サラです。

5日前に『自己中心的哲学』というタイトルで記事を書きました。

その哲学の基になっているのは
エイブラハムの教え。
まず、何より“自分自身がいい気分”でいること!なんですよね。

その時に、記事を読んでくれた“さららさん”からのコメントを記事として取り上げました。

それが下記のもの。(さららさん、また取り上げますね。お許しを!)

>わたしは他人のドラマにひきずられることが多く、
>その度に自分の立ち位置がぶれてました。
>自分よりも他人を優先にしていたり・・(><)

>まずは「自分」なんですね。
>それはエゴでもなんでもない。
>自分を大切にすると、いい気分になる。
>そうするとおのずと良いことが引き寄せられてくるのかもしれないなぁ・・と

このコメントをもらった後に数日間、
なんとなくですが、心の中に、漠然とした声、
毛糸を丸めたような質感が“感じ”としてあるのです。
(この“感じ”のことを昨日記事にしたフォーカシング用語でフェルトセンスといいます。)

それで、耳を澄ませ
その感情(心)が何を言っているか対話してみたんですよ。

そしたら、こんなことを言っているんです。
「ねぇねぇ。さららさんがコメントしてきてくれたよね。
 それに答えたよね。
 でも、なんかねぇ、気になる言葉があるんだよね。
 それを解き明かしたい感じがするの。
 “エゴ”ってあったよね。
 ねぇ “エゴ”っていったい何だろう?」

なるほどね~って思ったわけです。
ほんとにね。エゴって一体なんだろう? って。


・・・・・というワケで、
今日は、サラの内側に潜むこの哲学者さんの問いに答えて
この“エゴ”についての気づきを書いてみたいと思います。

エゴは“利己的”ということを意味していますよね。
「エゴイスト!」・・・・なんて誰かを非難する言葉としても使われます。

ある意味、“いい気分”を追求する事は、
この利己的な人でいること!・・・という解釈も出来そうです。

でもね。ずっとこの“エゴ”という言葉に思いを潜めて
心の内側にその言葉の意味するところ、正体を問いかけていたんです。
それで、浮き上がってきた答えが、

エゴという心もちは
“故意”や“意図する”というニュアンス含んだ言葉で、
そんな心もちを表しているんだな~と感じたんです。

つまりね。
故意に自分が有利になるように、人をだましたり、おとしめたり、コントロール
したりすることをいうのだな~と。

そういう人が本当はエゴイストと言われそうな気がするんです。

サラがその答えを得ると同時に、思い当たる人が浮かんできたんです。
もう3年以上も前の話です。

その人は、周りの人にとにかく不満を持つことが多く
サラにも
「あの人、知ってる?すごく自分勝手でしょ?ああいう人ってエゴイストっていうんだよね」とか
「ああ、あの人も、私が○○してあげたのに、そのお返しも無しなのよね。エゴの塊」とか
いう人だったんです。

それで、サラはその文句を言われている人を2人とも知っていますが、
サラから見ると、ちょっと、“天然”ぽい(笑)ところはあるけれど、
エゴイストにはどうしても思えない人なんですよ。

それよりもむしろその文句を言っているその人にエゴを感じたんです。
なぜかというとね。
その人は、何か気に入らない事があると、あからさまにムッとした態度をとったり、
かなりきつい言葉で人を批判したりする人だったんです。

暗に、もしくはあからさまに、人に自分の不満を口にすることで
その対象となる人をコントロールしようとしているんですよね。
威嚇するんです。自分に有利になるように。
サラは、まさにその事がエゴだと感じました。

「引き寄せの法則」でもエイブラハムが
「いい気分でいることは利己的なのか」というジェリーさんからの質問に
答えてこう言っています、。

いい気分でいることで人を傷つける事はできない。

なぜなら、
いい気分でいる時の波動は人を傷つける波動とはまったく一致しないから
・・・だから人を傷つけることは不可能なのだ・・・・と。


サラは、
人に優しさ、愛を“与える人”になるためには、
“いい気分”で自分を満たすことなしには出来ないと感じます。

心というバケツがあるとすれば、
”いい気分”(楽しさや愛)で自分の心(感情)を満たし、
それから溢れ出るものこそが、
優しさや、愛として人に伝え、与えていけるのではないかと思っています。

バケツの底に
“いい気分”(楽しさや愛)という満たされた水が無いままに、
それをガリガリとこする様に、すくって与える行為は、
自分を枯渇させてしまい、ネガティブな思いを持たせ
さらには、
その底にしかない水を欲しがり、群がる人を引き寄せてしまう気がします。

“いい気分”で自分を満たしてあげることは、
エゴとは対極の優しさと愛であり、
ひいてはその溢れ出したゆとりのある優しい波動で
周りの人をも幸せにしていけるのではないかとサラには思えるのです。


PS.サラの内側に潜む哲学者さん。この答えでOK?

・・・・・・・・あっ。どうやらOKのようです。 いい気分が漂ってます。(笑)




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^ー^)人(^ー^

 


コメント

はじめまして!

こんにちは。はじめまして。
ごく最近、おなすさんのブログからたどりついて、読ませていただいています。

私にとってサラさんのブログもとても優しく繊細な感じがします。
気分が沈んでいても、パァーッとすっきり軽くなるような感じです。

2号さんとの会話はおなかを抱えて笑いました!
もうすっかりお二人のファンになりました(笑)。

かめのってぃさんへ

ありがとうございます。

実はサラと2号さんのお笑いコンビ(笑)は、
シリーズ化してこのソロモンの森でお話を繰り広げていこうかと企画中なんですよ。
サラと2号さんに登場してもらって
哲学的な問答をさせてみようかと思っています。
テーマは宇宙、時間、魂、神、存在、私とは?・・・などなど。
いい気分を記事にするというよりも、読んでいて、いい気分になれるようなものにしていこうかと・・・・。
人間という存在そのものの不思議さに感動するような内容を考えています。
ブログの中で物語が展開する感じです。
まだ、その前に書きたいネタがいっぱいなので、その流れも大切にしたいと思っています。(実はその物語までの伏せんも張っていこうかと・・・)
「ソロモンのいるの森」という小宇宙。心に降りてくるインスピレーションに従って、ワクワクしながら物語を織りなしていきます。
楽しみにしてくれると嬉しいです。

いい気分でいること★

サラさん、先日はコメントのお返事ありがとうございました!毎日、楽しみに読ませてもらってます。いい気分でいることの大切さをひしひしと感じていたところ、母が乳がん検査にひっかかり、命に別状はない状態ですが、しこりではなく胸の奥にふわっとしたものがあるとのことで、念のため、五月末に一部を取る手術をすると昨日電話で聞かされました!普段から、いい気分でいることを努力している私ですが、実際、このような心配事が起きてくるとなかなか、いい気分を持続できなくて・・・昨日もあまり眠れませんでした。何もない時は、簡単にできそうな感じがするのですが・・・。サラさんが、推薦してくれた「讃美の力」も読みました!やはり、こういう時こそ、今のありのままの状況に感謝なのですよねー。少しづつ、やってみます。なんだか、心の整理がつかず、アドバイスいただきたくメールしました。お忙しいのに、ごめんなさい(^-^)

本当の意味でのエゴ・・

サラさん、また来ました^^

わたしはあんなコメントを書きましたが、
実は心の中でずっとくすぶってるものがありました。

以前わたしは、ある人に手ひどい裏切り行為をされました。

その人は、終始自分のことばかりで
自分さえいい気分でいればそれで良く、
人を陥れても傷つけても、自分だけの幸せはキープしようとしていた人でした。

だから「エゴ」とか「利己的」で良し、とされることが
本当は疑問に思っていたのです。

人を傷つけても陥れても、自分がいい気分ならそれでOKなの?・・・と。


けれど、今回のサラさんの記事で
「本当の意味でのエゴイスト」というものが理解できて
心のわだかまりがクリアになりました。

いつも気づきをくださって
ありがとうございます^^

楽しみです!

それは、とてもとても楽しみです!!
サラさん・2号さんの名コンビにまた会えるのですね!(笑)。
他の様々な記事も、心惹かれます。
またソロモンの森に遊び来ますね!

めぐさんへ

コメントありがとうございます。
めぐさんの現在の心情をお察しします。めぐさんの今の状況であれば“いい気分”でいられなくて当然かと思います。ただエイブラハムの教えの中では、それを認めた上で、“ホッとする考え”で階段を登るを奨めています。
恐れや心配の状態にいる人が“いい気分”を感じることは無理なのです。
でも、感情のナビゲーションシステムで、階段を一歩ずつ登るように少しずつ“ホッとする考え”を選んでいくことは出来るかと思います。
また、お母様の病状や手術のことに気持ちをフォーカスしていると、どうしてもネガティブな気分に浸ってしまうかと思います。
ですから、日常の中にわずかな時間でも“まったく違ったもの”に心をフォーカスすることをお奨めします。
サラが奨めるのは食事の時間。できるだけ自分の好きな美味しい物を食べるようにしてみるといいようです。その時間だけでも行動そのもの(咀嚼すること、舌で味わう事等)に集中し、それを楽しむことを自分に許すようにしてください。
また充分に眠りをとっていないと、感情はネガティブに傾くようです。体に負担の無い薬などを利用してでも、睡眠だけはしっかり取るようにしてください。よく寝ると、心と体が癒され、魂にエネルギーがチャージされる感じがします。
まずは、食事と睡眠の時間。この時間だけでも“不安や心配”から、心を開放し始めてください。
また、サラに“讃美の力”を奨めてくれた牧師先生からの言葉は、「お母さま自身に讃美の力を奨めて下さい」とのことでした。讃美するという事は、病気に対してではなく、病気を通してお母様に何か気づきを与えようとしている神の大いなる計画があるようです。お母様の思考や感情が病気の要因となっているという観点からも“恐れ”が“気づき”となっていくチャンスかもしれません。
後、出来る事は“祈ること”だと思っています。病院でお母様に関わる、医療スタッフが最善をつくしてくれることに感謝し、最良の癒しが訪れることを静寂の中で祈ってみてください。
サラの乏しい人生経験や知識などからすると、こういう答えしか導き出せないようですが、何かめぐさん自身の中で“感じた”ものがあればそれに従うといいように感じます。

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